2024年度北極海氷中期予報総評
2024年は前年までと同様、5月に第一報、6月に第二報、7月に第三報を公開しました。
海氷予測には第一報、第二報では昨年の手法を基に「冬季から春季までの海氷の移動」と「海氷最大年齢」の二つのパラメータを使用しました。
第三報では7月時点での分布を基に予測しました
(詳細は第三報補足をご参照ください)。
ここではそれらの予測結果を実際の観測値と比較しその精度を検証します。
観測値と予測値の比較



図3: A1からA5の領域(b)での4種類の手法による観測値と予測値との差のグラフ(a)。 赤色は予測値-観測値が正の値、
青色は負の値を示し、合計が小さいほど予測精度が高い。
図1の観測による海氷密接度の時間変化を見てみると、カラ海、ラプテフ海では7月中に大きく海氷が後退し、ボーフォート海、東シベリア海では8月に、 チュクチ海では8月中旬から9月上旬にかけて大きく海氷が後退しているのが分かります。 また、今年はウランゲリ島東側に海氷が大きく残っており、このような状況が見られたのはAMSR-E/2による観測開始(2003年)以来初めてでした。 図2に示す通り2024年9月10日の海氷域面積は422万平方キロメートルで過去3番目に小さい海氷域面積になっています。
第一報から第三報までの氷縁の時間変化を見てみると、第一報と第二報はほぼ同じですが、第三報では8月中旬までの予測が第一報、第二報よりも観測に近い変化を示しています。 8月下旬になると第一報、二報、三報の予測は同じような分布を示しています。 図3(a)の海氷域の積算のグラフではA1、A2の領域で第二報、第一報、第三報の順に誤差の蓄積が多くなっていることが見て取れます。
最小域面積の比較:



総合評価:
今年はボーフォート海、大西洋側が平年に比べて解けた年となり、ボーフォート海では8月の間に大きく海氷が後退し、東シベリア海では7月、チュクチ海では8月に海氷が後退しました。 予測では東シベリア海、チュクチ海の海氷の後退を予測することができ、ボーフォート海、大西洋側の分布は過大予測でした。 太平洋側の領域の積算面積誤差が一番小さいのは第三報で、続いて第一報、第二報の順になりました。 第三報では第一報と第二報と異なり7月下旬の海氷密接度分布を考慮しているため8月中旬までの予測精度が良くなりました。 ボーフォート海の海氷域が予測よりも大きく後退したのは、古い氷が予測よりもとけたためです。 第一報と第二報では最大海氷年齢を予測計算に用いたことから、この海域で大幅な過大予測になりました。 来年以降は平均海氷年齢を用いることで予測精度の向上を目指します。また、ウランゲリ島東側に解け残った海氷は過去に事例がないため、 過去の経験をもと予測を行っている我々の手法では予測できませんでした。航路開通日予測



今年の航路開通日はカナダ側が7月19日、ロシア側が8月28日でした(細かい状況は図5をご覧ください)。
第一報ではカナダ側の航路開通を7月25日、ロシア側を8月19日と予測しており、カナダ側では予測より6日早く、ロシア側では9日遅い開通になりました。
中期予報精度の数値目標を先行プロジェクトで「航路開通日の誤差1週間以内」と定めました。
今年の第一報ではカナダ側の開通日予測のみ目標を達成しています。
1週間というのは、氷に邪魔されることなく北極海航路を横断航海する日数に相当します。
航路開通日は、「海氷密接度15%以上の海域に進入することなく通過航行できる」を基準に、目視により決定しています。
観測データはAMSR2の海氷密接度を使用しています。
実際には同じ海氷密接度でも航行の容易性は海氷の厚さ等の氷況によって異なるため、あくまでも目安の日付となることにご留意ください。
ウランゲリ島周辺の海氷

今年はウランゲリ島東側に多くの海氷が残るという前例のない状況が見られました。 一般に、海氷は岸に押し付けられるなどして収束すると、厚さを増します。 図6は図中央の地図の赤丸(ウランゲリ島周辺)の12月から8月にかけての海氷の収束・発散の積算値の推移を示しています。 2024年はほかの年に比べて冬季の収束が大きく、また、6から7月にかけての発散がなかったことがわかります。 これらのことから、冬季の海氷収束により例年よりも海氷が厚くなったこと、さらに、夏季に厚い海氷が流出しなかったことが海氷が残った一因であると考えられます。